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平戸の名所・旧跡

平戸大橋

033九州本土側の田平町と平戸島を結ぶ平戸大橋は、全長665mで鮮やかな朱色の平戸を象徴する吊り橋です。

1973年(昭和48年)に着工し、1977年(昭和52年)4月に完成、供用開始されました。

平戸大橋が架かる事により平戸島を訪れる観光客も増え、景観とともに交通の面で重要な橋となっています。

夜にはイルミネーションが点灯され平戸瀬戸に架かる朱色の橋を映し出します。

最教寺と子泣き相撲

039最教寺は806年、空海が唐より帰国した際に、この地で座禅等を行ったとされることから寺院で1607年26代平戸藩主松浦(法印)鎮信によって建てられました。

それまで禅宗の寺があり龍呑(りゅうどん)という和尚と栄鉄(えいてつ)という弟子がいました。

img_0鎮信公は、この地に真言宗のお寺を建てたいと寺の授築を龍呑に求めましたが拒んだため、鎮信公は寺を焼き払いました。

龍呑と栄鉄は火の中に飛び込み自分たちの体で仏様を守りました。

そして、龍呑と栄鉄は死後も亡霊となり、鎮信をしばし悩ませますが赤子の泣き声によって亡霊が消えたといわれ、これが由来して子泣き相撲が始まったといわれています。

子泣き相撲は、赤ん坊を二人台上で対座させて、どちらが先に泣くかを競う行事で、毎年2月3日に平戸最教寺奥の院が行う節分行事となっています。

平戸城
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平戸島の北部、平戸市街の東部に位置する。

平戸港を見下ろし、対岸の九州本土を望む平戸瀬戸に突き出た丘陵上にある。

丘陵の頭頂部に本丸が築かれ、その南側に二の丸、東側に三の丸が配された梯郭式の平山城である。

戦国時代の末期に松浦法印鎮信によって築かれ唯一の山鹿流による城郭である。

寺院と教会の見える風景

dcf70c04eaa0e2ffeea9211618407439この一帯は、下から瑞雲寺、光明寺、正宗寺等の寺院が建ち並び、その後背に昭和初期に建てられた聖フランシスコ、ザビエル教会の聖堂がそびえ立っています。

この寺院と教会の調和は平戸ならではの風景である。

また、この通りはかっての勝尾岳城の堀の一面であり、肥前堀と称されていた。

オランダ橋(幸い橋)

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当初、ここに架けられていた橋は木橋(1669年設置)であったが1702年(元禄15年)石橋に架け替えられた。

かってオランダ商館が築造した、石造倉庫の技法によって造られたといわれており、これが【オランダ橋】の別称の由来となっています。

黒子島原始林

ホームページ写真 074黒子島は、平戸の玄関口になる平戸瀬戸に浮かぶ面積3ha、南西から北東に300m伸びたほぼ楕円形の島で、1375年に小値賀から移された弁財天がまつられた社があります。

全島が原生林に覆われ、よく保存されているため、黒子島原始林として1951年に国の天然記念物に指定されました。

現在は平戸市の所有地で、西海国立公園特別保護地区にもなっております。

島の中央付近には幹周り約10mのアコウの木や、大小のビロウが群生していて中央東側シホウチク(シカクダケ)の群生があります。

平戸伝統芸能 平戸神楽(ひらどかぐら)

getImageホームページ写真 082旧平戸藩領内の神社祭礼の際に、神前で奉納される神楽で、神職がおどります。

起源については定かではないですが、平戸に元からあった神楽に、壱岐神楽が招聘されて融合し、さらに江戸時代前期に、橘三喜(たちばなみつよし)が、京都に上って神道を極めるとともに、全国各地の一の宮を巡詣して研究を重ね、それまであった神楽を元にしつつ、全24座におよぶ平戸神楽の形を大成したと考えられています。

神社の格や、祭礼の規模によって、小神楽(8番)、中神楽(12番)、大神楽18番)などの奉納の仕方があります。

全24座を舞う大大神楽は、平戸亀岡神社の例大祭でのみ催され、全部を演じるのに7~8時間を要します。

中でも、見所となる演目に、3本の刀(全て真剣)を両手と口にくわえて舞う【二剣の舞】や、2名の神職がアクロバティックな動きをする【神相撲】があり、いずれも荘厳鄭重に演じられます。

平戸のジャンガラ

ホームページ写真 038ジャンガラは盆に行われる伝統芸能で雨乞いや先祖の念仏踊りを起源とする説や、式内社志々伎神社の神田領民が神社仏閣に奉納したのが始まりだといわれています。

藩政時代のジャンガラは、城下組(じょうかぐみ)<平戸、中野>。

下組(しもぐみ)<紐差、獅子>。

大下組(おおしもぐみ)<中津良、津吉、志々伎>の三つに分かれているようです。

現在は、的山大島(あずちおおしま)を含めると10カ所で継承されています。

保存地区それぞれに特徴ある幟り、花笠、たすきが色彩豊かに舞う華やかな踊りです。

浦の町大ソテツ

ホームページ写真 055浦の町の大ソテツは、浦の町天満宮の登り口に植えられています。

江戸時代初期、浦の町(旧延命町)は平戸島で一番栄えた場所で当時の貿易商達が屋敷を構えていました。

大ソテツは浦の町の貿易商、川崎屋の庭に植えられたといわれています。

今でも浦の町天満宮登り口に大きな勇姿を見せています。

亀岡神社

ホームページ写真 081平戸城のある亀岡公園に、亀岡神社があります。

亀岡神社は平戸城下にあった四社を合祀し、1880年(明治13年)創立されました。

thesis_008合祀された四社とは、霊椿山(れいちんざん)神社、七郎神社、乙宮(おとみや)神社、八幡神社でした。

現在、神社の敷地内に本殿、神楽殿、御礼所、社務所があります。

10月24日~27日までの秋の大祭は【平戸おくんち】として知られ、大大神楽が奉納されます。

また、春は桜の名所として知られ、桜まつりにはたくさんの人出で賑わいます。